7月のある日の感想

すべてはオタクの妄想

【シン・エヴァ_ネタバレ】にわかなりに初見の感動を書きなぐるだけ1

 『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を観てきました。これからいろんな人の感想を聴きたいし、まだパンフも見てないし、そもそも記憶も定かじゃないところがあるけど、その状態の感想を残しておきたいと思ったので、ネタバレ全開・脈絡なしで感想を書いておきます。

 私は『Q』の公開1年前に漫画版(当時は12巻まで)を読んで、アニメを見て、旧劇を見て、『Q』を見て、漫画13、14巻を読んでという順番でエヴァに触れてきましたが、あんまり深く設定を考察してきたわけではないのでそこらへんも曖昧なにわかです。ともあれ、以下ネタバレ感想です。

 

 

 

 

 

まず、なにより「ありがとう」「さようなら」......。

『Q』は初見での衝撃が大きかったものの、世間で言われているほど意味不明ではないよな...と思っていた。といっても、風呂敷が一気に広がった感があって、『シン』だけで物語をたたむことができるかということにはかなり懐疑的だった。

しかし、庵野さん、やってくれたな......。新劇どころか、これまでのエヴァに決着をつけて――いや、設定がすべて説明されたわけではないけれど、何よりすべてのキャラクターの思いにこそ決着がついた――まさに「さらば、すべてのエヴァンゲリオン」。

 

 

ATフィールドと言葉

キャラクターの思いに決着がついた、と書いた。

ATフィールドのある世界で、相手の思いを推し量ること、自分の気持を相手に伝えることはの難しさはゲンドウが言っていましたね。だから私たちは言葉を使う。言葉が正しく思いを伝えるとは限らないけれど、それでも言葉にしなければ思いをATフィールドの向こうに伝えることは出来ない。

 思えば、これまで印象的に使われてきた電車のシーン、あれはシンジくんが自分自身と会話しているところだった。でもシンジくんに必要だった対話相手は、自分自身ではなかった。

 感情を自覚していないアヤナミレイが、次第に言葉で感情を定義していき、「好き」をシンジに伝えることで、自分の中にある他人の声におびえて閉じこもっていたシンジくんが再び他人と関わり始める。

 自分の思いをストレートには伝えられないアスカが、それでも知ってほしいと願い、シンジくんが答え、さらにアスカが「好きだった」という思いをシンジくんに伝えることができた。

 自分の立場から冷たい態度をとることしかできなかったミサトさんが、それでも最後はシンジくんのおかげで今があると守ってくれた。

 そして、父は自分のことを嫌っていると知るのが怖かったシンジと、自分がいないことが息子のためになるだろうと考えていたゲンドウが向き合い、互いを知って、その重なりにユイを見つける。

 

物語において、心情をわざわざ説明するのは野暮だ、と考える人も多い。私もそう感じる場面は多い。でも、人に勇気を与えるのは、想像の中の他人の声などではなく、あのときたしかに受け取った「好き」の言葉なんだと思う。

 

 

と、ここまで書いたところで時間も時間なので一区切りで。。。

明日になったら感想が変わってしまうんじゃないか、というのもあるけど一番の思いはかけた気がするので。。