7月のある日の感想

すべてはオタクの妄想

いまさら『Fate / stay night』を (Heaven's Feel編)

少し日が空いてしまいましたが, PC版『Fate / stay night』の感想の続き, Heaven's Feelルート(桜ルート)についてです

 若干の胸糞悪くなる描写もあって, 苦手な人は苦手なようですが私は1番好きなルートでした もちろんヒロインズの中で特に桜が好きだという事もありますが, それ以上に響いたのは登場人物の弱さです

Fateルート・UBWルートでは士郎の"強い"生き方が描かれたのに対して, HFルートでは士郎や桜の"弱さ"が露わになっていて, 「弱い人間がどう生きていくのか」というテーマが好きな私にはストライクでした

という事でそこのあたりを中心に書いていきたいと思います

 

 

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©TYPE-MOON

桜の影

臓硯に聖杯のかけらを植え付けられ, 「教育」を受けてきた桜 

毎日オモチャのように扱われて, 人間らしい生活なんてできていなかった

それでも自分で死ぬことはできなかったし, 苦痛に耐えられずに自我を失い, 蔵硯の人形にもなることはありませんでした

その支えになっていたのは, 姉さんである遠坂凛への憧れだったのでしょう 単なる憧れというよりも, 羨望といったほうが近い時もあったかもしれません

そして, 衛宮士郎と出会ってからは, 以前よりももっと自分を持てるようになっていった  自分を大切にしてくれる人がいて, 自分が大切に思う人がいる そのことは, 聖杯のための道具としてしか扱われてこなかった桜にとって, 自分の存在を確かめることのできる唯一の方法だったと思います

そういった2人への想いは, 桜の強さになっていたはずでした

しかしそれは同時に心に影が入り込む隙を作ってしまう弱さでもあったのです

 

輝かしく才能のある姉に対する劣等感

穢れた自分が先輩の好意に付け込んでいるという自己嫌悪

 

 

 私がHFで一番好きな場面は『幕間 - 宝石剣ゼルレッチ』~『幕間 - 姉妹(Ⅶ)』, 桜と凛が聖杯を前に戦うシーンです 桜のコンプレックスが詰まっていて, それを際立たせるかのように凛の強さが描かれています

そうです……! 私は姉さんが羨ましかった……!

遠坂の家に残って、いつも輝いていて、苦労なんて一つも知らずに育った遠坂凛が憎らしかった。

 

才能のある姉さんはその未来を期待され, 幸せな遠坂の家で実力を磨いている 

それなのに, 同じ家に生まれた自分は陰湿な間桐の家に売り渡され, その魔力はひたすらにいつか聖杯として大成するためだけに植え付けられたものである

そこに, おまえが参加しないのなら彼女がすべて持って行ってしまうと囁かれたら......

この聖杯戦争は, それが結局は蔵硯の掌の上だったとしても, 桜が自分の力を自分の思うように発揮できる初めての機会だったのです  責めるとすれば, それは桜を籠の中に閉じ込め, 影を育ててきたその環境の方でしょう

 

だから桜が欲しかったのは, あなたのせいじゃないよ という言葉だった その影はあなたのものじゃない, あなたの中に入りこんだ聖杯があなたを侵してしまったのだから そんな温かさを期待していたはずです

しかし, 凛が桜に返した言葉は

「――――ふうん。だからどうしたって言うの、それ」

可哀想ね、なんて。彼女は、一切同情しなかった。

「そういう事もあるでしょ。泣き言を言ったところで何が変わるわけでもないし、化け物になったのならそれはそれでいいんじゃない?

だって、今は痛くないんでしょ、アンタ」

確かに臓硯に支配されて, 周囲のせいで辛い思いをしてきたのかもしれない でも, そこから生まれた影は, 桜自身の弱い心にほかならない と突きつけます

ここで憐みの言葉を書けないことに, 遠坂凛の強さが表れています  きっと凛自身も自分の弱さと戦うことがあったはずで, でもそれを自分の弱さと受け入れてきたからこそ, 恵まれているだとか苦しいとか, そんなことは考えずにまっすぐに生きてこれたのでしょう だから, 私が惨めなのはあなたのせいだ  と叫ぶ桜に向かって いや違う と言えるのです

 

それでも, 

自分の弱さを受け入れられない弱さ 

そんな弱さを抱えながらここまで頑張ってきた桜を, 凛は報われて欲しいと願っていたし, 愛していた  あなたの心の影も含めてあなたのことを大切に思っている 凛の厳しい言葉にはそんな意味が込められていたはずで,  最後には桜もそれに気づくことができました

 

 正義の味方が守るモノ

「約束する。俺は桜だけの正義の味方になる」

 

それは, 悪を討って世界を守るという強い正義の味方との決別の言葉でした

1番最初に言峰に言われた言葉, 「正義の味方には倒すべき悪が必要だ」 大切なものを犠牲にしてでも, 正義を貫く それは正義の味方に必要な強さと言えるのではないでしょうか

でも, 士郎にはそんな強さはなかった 今まで意識することもないうちに自分を支えてくれた人 桜を失う事の出来ない自分の弱さを, ここで初めて感じることができたのだと思います

そして, それを自覚した士郎が本当に戦わなければいけないのは, 言峰綺礼でも, 間桐臓硯でもなく, 桜の心の影を見てみぬふりをする自分のもう一つの弱さでした

街の人々を襲う影 それは蔵硯の意思で動くものではなく, 桜の心からあふれ出したモノでした それに気づいていながら, そんなはずがない, 桜がそんなモノを生み出すはずがない, 臓硯が無理やり桜の中に植え付けたものに違いない そんな迷いが, 黒化しつつある桜の前で士郎を躊躇させてしまったのでした

 

「これから桜に問われる全てのコトから桜を守るよ」

もう桜の罪から逃げるなんてことはしない そんな決意の言葉です

それは, 際限のない悪を排除する正義の味方ではなく, 悪を生む人の心を赦し, 悪さえも含めて人間を愛そうとする正義の味方の在り方なのではないでしょうか

 

弱さを受け入れて生きていくこと

羨望や恋慕といった心の弱さが, 桜の影を生み出し, 士郎が正義の味方になることを阻みました でも, それは彼らが生きるために必要なことだった

人とかかわって生きていく以上, そういった悪がなくなることはないでしょう 裏切られながらもずっと戦い続けてきたアーチャーはそのことを痛いほどしっていたはずです

だから本当に克服しなければならないのは, その感情を認められない弱さの方だったのです 自分の醜さを, 愛する人の醜さの責任を外の何かに押し付けるのではなく, それも含めて自分だと, それも含めて人間なのだと受け入れて愛することが, 苦しみから人を方法なのだ とこの物語は伝えようとしているように感じます